そして、二日くらい経った頃だろうか。
自らの身体が病室に運ばれていくのを、私は呆然と見送った。
私はそれから逃げるように、クリスの病室にいた。
そう――まだ、私はそこにいた。生きているのか、死んでいるのかもわからない。た
だ、そこに存在している。でも、それだけだ。話すことも、触れることもできない。
クリスもまた、意識を取り戻してはいなかった。きっと、意識を取り戻しても、同じ
結果だっただろう。だから私は、その側に寄り添い、現実から目を背け、そこにいた。
コンコン、と誰かがドアをノックする音が聞こえた。昨日も来ていたし、それがトル
タであることはわかっている。その控えめなノックも、ドアを開けるまでの少し長すぎ
るくらいの時間も、昨日と全く同じだ。
「クリス……起きてる?」
トルタは、小さな声でそう呟いた。それが届かないことはわかっているはずなのに、
トルタは繰り返しその名前を呼んだ。
そして、昨日とは全く違う行動をとった。
「じゃあ、アルのとこに行って来るね。クリスも……早く良くなって、会いに行ってあ
げてね」
私は、なぜトルタがそんなことを言ったのか、理解できなかった。多分……トルタも
クリスのことが好きなはずなのに。私がいなくなれば、全てがうまくいくはずなのに。
その疑問が明確な形を取る前に、私はトルタの後に続いた。
212号室、と書かれた部屋の前でトルタは立ち止まる。多分、クリスの時よりも長
い時間をかけて、トルタは部屋の中へと入った。私も、仕方が無く、おそるおそる足を
前に進めた。
「アル……アリエッタ?」
そこから先は、見たくなかった。いつもは強いあの子が、泣いているところなんて見
たくない。私よりほんの少し後に生まれ、それでもいつも、私のほんの少し先を歩いて
いたトルタ。私より強く、いつだって私を助けてくれた、私の最も愛する妹。
ああ、そうか、と私は妙にすんなりと納得した。クリスが私を選んだのは、まさにそ
れが理由だったに違いない。トルタはなにかもをもっていて、強かった。私はその逆。
だからクリスは、トルタには自分が必要ないだなんて、馬鹿な想いをもつようになった
んだろう。一度わかってしまえば、あれだけ悩んだ日々が嘘のように、納得がいった。
「……姉さん」
その呟くような声に、私は顔を上げた。
トルタは、私のことを滅多に『姉さん』とは呼ばない。
弱くなったとき、私なんかの庇護を必要としている時だけ、トルタは私のことをそう
呼んだ。トルタの内にあるその弱さを、知っているのは多分私だけだった。トルタもそ
れを知っていて……だからこそ、こうして私にだけ、その弱さを見せるのだった。
――姉さん。
その呟きを何度か耳にしたとき、私はもう、充分だと思った。私が死ねば、きっとト
ルタは今以上に悲しむだろう。しかし、その悲しみも、いつしか風化していく。そして、
どのくらいの時間が必要かはわからないが、それに必要なだけの時間が経てば、残るの
はただ、美しい思い出だけだ。
同時に、それで良いのか? と叫ぶ声が内から聞こえた。大好きな歌も、愛する人達
も、全てをここで失って、それで良いのか? と。
その葛藤は、しばらく消えることはなかった。
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